ニュースnews

2016年08月01日
ハイビスカス100%「飲む発酵酢」の販売を始めました。お問合せ、お申し込みはこちらから。
2016年01月20日
「カーナの風」ニュースレター発行。沖縄本島はローゼルハイビスカスが豊作の年となりました。
三重県のメーカーに作っていただいたお酢も販売しています。お申込みはこちらから。
2014年02月01日
ホームページをオープンしました。

サポートハウス 親の会についてabout us

私たちの会は1988年に難病の子どもの支援のために集まりました。
当時は大阪にある専門病院へ入院や通院される付き添い家族の宿泊事業を通して、難病の子どものいる家族の支援をしてきました。その数は延べ30,000人を超えています。

今では宿泊事業は多くの方にご理解を得るようになり、企業もボランティアとして参加してくださっています。
私たちは多くの難病の子どもに接してきて、クオリティ・オブ・ライフということを重要だと思うようになりました。そのなかでも一般社会では認知されていない内部障害者の人たちの社会参加を支援していきたいと思っています。

内部障害者とは身体的な病気により身体障害者手帳の1級に認定されている人のことです。また、ある程度病状の軽い人は会社などへ勤めることは可能ですが、在宅酸素などが必要な重症の人たちはそういう事もできません。
私たちは、人生の様々なシーンにおいてハンディーを追うことは間々あります。
肢体不自由などの外部障害や精神障害、知的障害の方たちに対しては、すでに作業所などの社会参加ができる施設が既存で存在し、効果をあげられておられます。

しかし、内部障害の人たちの作業所などはなく、また病状などにより予定が立ちにくいということもあり、なかなか内部障害の人たちの作業所運営は困難です。そこで、製品の販売を通して在宅でもできるネットワークを構築していきたいと私たちは思っています。そうすることにより、心臓移植などの待機患者さんたちも病室からの社会参加が可能になります。絶望の淵にいる患者さんたちの「生きる希望」の一つになることを、切に私たちは願っています。

私たちの会のメンバーの移植者は「自分を精神的に支えてくれたのは、やはり仕事だった。仕事を通して社会につながっているという実感であり、けっして一般社会に切り捨てられたのではないという思いだった」と、自身の移植手術までの待機生活を振り返り、社会とのつながりの重要性を説きます。

また20年以上、難病患者さんに接してきて、亡くなられた方も多くおられます。「カーナの風」運動の発端になりました、そういう方々のためにも「あなたを忘れない」というメモリアルコンサートも随時、開催していきたいと思っています。

私たちの活動をご理解いただき、ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

NPO法人サポートハウス親の会

サポートハウス 親の会の歩みhistory

1988.10
国立循環器病研究センターの小児科に入院経験のあるお母さんたちにより、「心臓病児親の会」を設立
1988.12
地方から来る、難病の子どもに付き添う家族の宿泊施設「江坂寮」を開設
1989.07
宿泊施設「南千里寮」開設
1991.03
新聞の呼びかけに応じて下さった新大阪の中村さんのご厚意により「中村寮」開設
1992.10
「野田寮」開設
1994.06
大阪へ来ざるえない、病児の兄弟のために養護施設「慶徳会こどもの家」さんのご協力を得て「慶徳会こどもの 家」寮を開設
1995.07
「野田寮」閉鎖
1995.12
「南千里寮」閉鎖
1997
宿泊施設の利用者が延べ2万人を超える
1998
私たちの活動が実り、難病の子どもに付き添う家族の支援のための窓口が厚生労働省に始めて設置される。
1998.08
「千里中央寮」開設
1998.10
厚生労働大臣坂口力氏に面談。難病の子どもに付き添う家族の現状を訴える。
1999
病院へ付き添う家族のための滞在施設の建設費用19億円の国家予算をえることができ、全国に多くの施設が建設される。
2000.08
NPO法人格を取得し「NPO法人サポートハウス親の会」へ名称変更する
2001
宿泊施設の利用者が延べ3万人を超える
2003
「江坂寮」閉鎖
2004
「中村寮」閉鎖
2008
「カーナの風」の活動始まる
2011
「カーナの風」の活動のために、沖縄県立美咲特別支援学校にて食用ハイビスカスの植栽を依頼。
2012
ハイビスカスコンフェ作りの作業を障害者作業所「NPO法人てぃーだかんかん」さんへ依頼することに決まる。


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